インディペンデントキュレーターのSebastian Fischer氏とKreuzbergのカフェ「Bergmann 103」にて打ち合わせ.ベルリンに拠点をおきながらもクロアチアの首都ザグレブでNGOの運営に関わっている氏は8カ国語に堪能であり,クロアチアの現代美術を巡る状況から旧東欧圏各国の言語保護政策についてまで,大変興味深い話しを伺うことができた.
なお,この日の午前中にはベルリンフィルの本拠地,フィルハーモニーにてPierre Boulezの生誕80周年を祝うコンサートの最終リハーサル(曲目はRepons)に立ち会う機会を得た.
以前,ブレーズ自身が「レポンはオペラである」という趣旨のことを話していたのを聞いた事があるが,サー・サイモン・ラトル(指揮),ベルリンフィル(オケ),アンテルコンタンポラン(ソロパート群),指揮台の後ろにはスコアを広げたピエール・ブレーズその人という世界最高峰の音楽家達による2時間のリハーサルを至近距離で体験して,その言葉の意味がはっきりと理解できた.
エレクトロアコースティックな音楽でメランコリックな気分になったのはたぶん初めてだったが,それはおそらく,久しぶりにこの手の音楽のリハーサルに立ち会って,現代音楽の指揮者になりたかった音楽学徒の頃の様々な想いが蘇ってきたから,というよりはむしろ,この20世紀音楽の最重要曲の一つを,それを創りだした作者自身の一挙一動と共に体験したからだろう(80歳のブレーズは演奏の間中ずっとスコアを睨みつけ,指につばをつけて大きくページをめくり,必要とあらばラトルに敬意を払いつつもオケの連中に直接指示を出していた).
ちなみに,ちょうど10年前にはブレーズ生誕70周年を記念して「ブレーズ・フェスティヴァル」が東京で開かれたが,その時の目玉もやはりRepons(と,確か「二重の影の対話」)であった.
技術的な報告をすれば,80年代初頭,パリのIRCAMで4xを駆使して作られたこの音楽が,この日はMax/MSPを走らせたPowerBook2台でサポートされていた.まさに隔世の感がある.
遠藤拓己
(Boulezは「ブーレーズ」とカナ表記されることが多いが,フランス語で発音するとむしろ「ブレーズ」に近いのでそちらに統一した.Phonethicaのブログだし)
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