産業総合研究所でのミーティング
徳井の帰国を利用して、筑波の産業総合研究所の音声情報処理グループの研究者の方々に対して、Phonethicaのプレゼンテーションを行い、専門の立場からアドバイスをいただいた。
こちら側の最大の懸念であった現在我々が使っている音声比較アルゴリズム(改めて詳しく述べる)の妥当性については、「工学的な用途を考えると精度の点でかなり問題があるが、”似たように聞こえる”音を持つ単語を探すというPhonethicaの目的を考えると、おおむね問題ない」という答えをいただいた。また、IPA記号ではなくサブ音声セグメント SubPhonetic Segment, SPS (IPAに準拠したXSAMPA記号系をベースにより細かい音響的セグメントに分割したもの) あるいは音声の弁別素性(音声弁別素性は、ある言語の中で、音と音とを区別するのに利用されている音声的特徴を列挙したもの。有声/無声, 閉鎖性などの各素性の有無の2値パラメータの集合で音を表す。参考文献)を比較することで、現在のアルゴリズムを拡張する形でさらに高い精度の検索の実現が見込めるという有益なアドバイスをいただいた。
一方でPhonethicaの基本的なコンセプトに関して、「音が『似ている』とは調音音声学/音韻論のいずれの意味なのか」という質問を受けた。聴音音声学(articulatory phonetics)とは、音声の生理的な産出法に基づいて、特定の言語に依存しない客観的な音声の分類法である。一方で、音韻論(phonology)は個別言語の観点から音声を分類/記述することを目指す(参考文献)。例えば、日本語のサ行の音は、聴音音声学的には、サ [sa], シ [ʃi], ス[sɯ], セ[se], ソ[so]と記述され、シとそれ以外のサ行の音は別の子音を持つ。しかし、日本語の話者にとっては、サ行の音はすべて同じ音韻(/s/)を持つように感じられる。調音的には大きく異なる lとr、あるいはbとvの音が、日本語の話者にとって似通って聞こえるのも、日本語の音韻体系が両者の区別を認めないために、脳における音声情報の処理過程が両者の違いを積極的に無視するように組織化されているためである。
Phonethicaでは、特定の言語によらず音の類似性を比較することを試みており、調音音声学的な音声表記であるIPA記号を利用している点からも、調音音声学的な類似性に着目しているといえる。しかし、実際にシステムを利用する人間側からいうと、似ている/似ていないという判断は、その人が無意識的に保持する音韻体系に基づくものであることが多い (Phonethicaの例でよく挙げる ça vaと鯖の類似性も音韻論的な類似である)。この音韻論/調音音声学の違いについては、今後の開発においても常に念頭に入れておく必要がありそうだ。
電子的な辞書データが不足している問題について、かねてから懸案のスペルから発音を予測するシステムの実現性については、十分なサンプル対(スペルと発音記号列)があれば、ニューラルネットなどの学習アルゴリズムを使って、学習させることが可能であり、実際に音声合成のためにそうした機構がつかわれることもあるとの回答をいただいた。ただ、現実的には各言語に対して学習を行うのは手間が大きすぎる、十分なサンプル対を集めるのが難しいとの指摘も受けた。実際の音声合成システムでも、やはりあらかじめ音声記号列を含んだ辞書を利用する場合がほとんどだそうだ(英語、日本語などのメジャー言語を対象にするため)。
このように、予測アルゴリズムの実装が難しいという前提に立ち、別の方法として、ネイティブの話者に発音してもらった音声を、音声認識技術をもとに音声記号化したものを利用するというアイデアをいただいた。データベースをWebサーバ上に移転し、Wikipedia的にユーザがデータの編集に参加できる方式を考えていたところだったので、音声認識 + Web DBへのアクセスを行うフロントエンドソフトウェアを開発、配布し、ネイティブスピーカの発音を反自動的にDBに反映させるという方法は実現性が高そうだ。
また関連研究として、だじゃれの研究 (滝澤修さん/情報通信研究機構)や一連の感性情報処理に関する研究を紹介していただいた。
貴重なお時間を割いていただいた音声情報処理グループの児島様、田中様に感謝いたします。
徳井
Project Phonethica
Combining scientific technology and art, Phonethica is an interdisciplinary project which explores the diversity of the world, through the phonetics of its 6,000 languages.
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